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最高裁判所第二小法廷 昭和36年(オ)918号 判決 1964年6月26日

上告人

尾下忠次

右訴訟代理人弁護士

内藤文質

右訴訟復代理人復弁護士

宮島優

被上告人

岡本栄次

被上告人

中里茂

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人内藤文質の上告理由について。

民訴四二〇条一項但書後段に「知リテ主張セザリシトキ」とは、その法意にかんがみ、前訴訟において上訴審による判断を受け得る時期に再審事由を知つたにもかかわらず、これを主張しなかつた場合をいうものと解するを相当とする。そこで、これを本件についてみるに、原審は、前訴訟の上告審において上告人からその訴訟代理を受任した弁護士は、昭和二七年八月一一日頃には、本件再審事由を知つていた旨の認定をしているが、その時にはすでに同年八月六日までの上告期間を経過していたのであり、しかも、上告は、上告期間経過後の申立にかかり、追完の申立も理由がないとして却下されたのであるから、原判示認定の時期に本件再審事由を知つたというだけでは、同弁護士としては、上告審に対し、本件再審事由を上告理由として主張し、その判断を受け得る余地のなかつたこと、所論のとおりである。しかし、もし上告人ないしその訴訟代理人が上告期間内に再審事由を知つていたにもかかわらず、上告期間を徒過して上告を却下されたのだとすれば、右再審事由につき、上告審の判断を受け得る余地がなかつたとはいえないから、民訴四二〇条一項但書後段の規定の適用を妨げないわけである。従つて、原審としては、右但書後段の規定を適用するからには、上告人ないしその訴訟代理人が上告期間内に本件再審事由を知つていたかどうかの点について審理認定をすべきであつた。しかるに、原審においては右の点について何ら判示することがないことは、原文上明らかである。してみると、原判示認定事実から、たやすく、民訴四二〇条一項但書後段の規定を適用し、上告人の本件再審請求は理由がないとした原判決には、右法条の解釈適用に誤りがあるか、または、審理不尽に基づく理由不備もしくは理由齟齬の違法があるとのそしりを免れない。論旨は、この点において理由がある。

よつて、その余の上告理由に対する判断を省略し、民訴四〇七条一項に従い、原判決を破棄して本件を原審に差し戻すこととし、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官奥野健一 裁判官山田作之助 草鹿浅之助 城戸芳彦 石田和外)

上告代理人内藤文質の上告理由

本件再審事由として、上告人の主張したところは、確定判決は、形式的には、弁護士が訴訟代理人として存在するが、同弁護士が意思能力を欠き、実質的には再審原告たる上告人の訴訟代理人が存在しなかつたにもかかわらず、同弁護士を訴訟代理人として訴訟を進められた結果なされたものであつて、右は民事訴訟法第四二〇条第一項第三号の再審事由に該当する、というにあつたのに対して、原審、まず、当該弁護士が循環性躁病の疾病を有し、第二審の係属中である昭和二七年六月前後にも躁状態を発現したこと、及び、躁状態発現時は正常な判断能力を失うものであることを認めながら、上告審の係属中である同年八月十一日頃までには、右躁状態が軽快していたのにかかわらず、同審の訴訟代理人として同弁護士は、上告人の主張するような再審事由を知りながら、同審において主張しなかつたから、民事訴訟法第四二〇条第一項但書の「当事者がこれを知つて上訴で主張しなかつたとき」に当り、右事由によつて再審を申し立てることは、もはやその理由がないことになつたものといわなくてはならない。」として、上告人の本件再審の申立を排斥したのである。

そこで、上告人として、まず疑問に思うのは、前訴訟の上告代理人たりし同弁護士が、前訴訟の第二審訴訟代理人たりし間に、「意思能力を欠き、実質的には、再審原告たる上告人の訴訟代理人が存在しなかつた」といえる状態にあつたこと、すなわち再審事由を知つていた、と認定された点である。上告人は同弁護士が前訴訟の上告代理人として、自己の精神状態について再審事由となる程の自覚がなかつたからこそ、前訴訟の上告手続において、原審が認定しているように、上告人が上告期間を遵守することができなかつたのは、同弁護士側の手落であつたもので、本人の責に帰すべからざる事由による旨を主張した、と見ることが条理に合するものと思うのである。上告人も、その後中半諦めきれず種々の資料を拾集した結果、同弁護士の前訴訟の第二審当時における精神状態が前記再審事由として、主張する事実に該当するものとの確信を得るに至つたので、本件再審の訴に及んだ次第である。もし同弁護士が、前訴訟の上告審において、その第二審当時における自己の精神状態を自覚し、その上告理由として主張しておればあるいは上訴権が回復され、上告人の権利保全ができたかも知れないが、同弁護士にその自覚がなく、主張がなされなかつたために、前訴訟の第一審判決が確定したからこそ、上告人は不当な窮地に追い込まれ、本件再審の申立をなさざるを得なくなつたものであると信ずるのである。

次に上告人が疑問に思うのは、仮りに、原審判決の認定するように、前訴訟の上告代理人たる弁護士が、再審事由となるべき自己の精神状態を自覚していたとしても、その事情を知らない上告人が、上告期間経過後上告申立をしたために、その点について審尋があり、その点で上告却下となつたのであるから、上告代理人として、再審事由となるべき事実を主張する余地があつたであらうか、という点である。上告人は、上訴が不適法で、口頭弁論を経ないで却下されるような場合、実体的事由の主張が不可能であるとすれば、原審は、主張不可能な状態において、主張しなかつたことを理由にして、本件再審の訴を排斥したという条理違反を犯しているものと信ずるのである。

以上、何れの点からしても、原審判決は、重大なる事実誤認及び条理違反があり、結局理由齟齬の違法あると思われるので、上告の趣旨訂正記載のとおりの御判決を仰ぎたく、本上告に及んだ次第である。

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